東日本大震災の後しばらくして、被災地のある小学校から児童50人の姿が消えた。津波の被害は直接受けなかったが、周囲の環境が大きく変わったからだ。
親の仕事がなくなり、内陸などに移り住んだケースが目立つ。その中には、母子家庭が少なくない。「商店や浜でパートの仕事をしていたお母さんたちが多かった」と校長は語る。
大震災から1年近くたっても戻ったのはわずか数人。校長は「なりわいがなければ戻れない。沿岸の学校はどこも同じような状態。学校もこれからどうなるか」と不安を隠さない。
雇用の回復は被災地の大きな課題だが、中でも女性の雇用の遅れが深刻だ。その実態は、厚生労働省の調査でも浮かび上がった。
県内の失業手当の受給者は震災後に男女とも増えたが、女性の増加率が大きい。ピークの昨年6月は男性約6500人に対して女性は約9300人。12月に男性は3100人余まで減ったが、女性は依然5000人近くいる。
復旧・復興工事が進むにつれて建設・土木など男性型の仕事は増えてきた。しかし、女性型の仕事が多かった水産加工場などの復旧が遅れていることも要因だ。
「でも、失業保険給付を受給できるならまだいい。女性は対象にならない人がはるかに多い」。被災地の女性の支援を続けるNPO法人参画プランニング・いわての平賀圭子理事長は指摘する。
浜特有の季節的な仕事をつないで暮らしていた人も少なくない。失業保険もなく、復旧を待っている余裕はない。大震災でひとり親になった家庭もいる。仕事を求めて他の市町村へ移った人も多いに違いない。
「制度からこぼれてしまうのが一番心配です」。平賀理事長が懸念するのは、行政の支援も情報も届かない人たちだ。それまで居住していた自治体も、移り住んだ自治体も実態をなかなか把握できないでいる。
県内のひとり親世帯を支援するNPO法人インクルいわてが誕生した。山屋理恵理事長は「ひとり親が見えにくいこと、声を上げにくいこと、ひとり親に対する社会の理解が進んでいないことが一番の問題」と強調する。
多様な立場の人々を認め合い、つながり合える社会はまだ遠い。山屋理事長は「孤立しがちな人々を見つけて、居場所や出番をつくっていきたい」と語る。
災害が発生した後、取り残されるのはいつも社会的弱者と呼ばれる人々だ。復興への動きは見えてきたが、一緒に自立できなければ、真の意味で復興とはいえない。
(2012.3.1)
http://http://www.iwate-np.co.jp/ronsetu/y2012/m03/r0301.htm
協力:国際協力NGOオックスファム・ジャパン
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