NPO法人ハーティ仙台の代表のやはたです。
本日はすばらしい会議に参加させていただき本当にありがとうございました。4月より、被災地支援の「みやぎジョネット」の代表は、交代いたしました。今までの、多大なご支援に感謝いたします。よく考えてみると、東日本大震災女性支援ネットワークのイベントに、初めて参加することができました。

2011年の3・11 以後、ほぼ1年間、無我夢中の日々でした。
自分もハーティ仙台の仲間も、自宅は地震の半壊判定。そして余震が続く中での1年でした。昨年の4月ようやくガソリンが入手できました。自衛隊の救援車とパトカーしか走っていないボコボコの道路を走り、ようやく自分の故郷の石巻につきました。あまりの惨状に呆然としました。身内を探し、避難所をめぐりました。まだ家ごとみつからない親族もいます。何ができるのか・・呆然とした私に、電話やメールで全国、アメリカからも心配し、励ましてくれる連絡が入りました。皆さまです。

その後、支援物資や、電話相談のカードを満載し、駆けつけて下さった全国の皆さまと、あまりにも広大な、宮城の沿岸部の被災地に通いました。ハーティ仙台(DV性暴力被害者支援と啓発)の活動もある、11月の全国DVシェルターシンポジウムin仙台の開催もある、更に自分の仕事もある。どうしよう・・、しかし、しかし、あまりに悲惨な沿岸部の被災地に、通わずにはいられませんでした。

「来年寝よう、今は寝なくてもいい」
極端に言えばそう思いました。自分たちに、できることは些細なことでしたが、東日本大震災女性支援ネットワークや、全国女性シェルターネットの皆様と一緒に活動する事で、私は日本全国、いや世界に発信しているのだと意義を感じる事ができました。

昨年末より、全国のシェルターネットワークの仲間に呼ばれ、遠くの県・町に伺う事が増えました。そこで「私たちに何ができるの?言って頂戴」と、皆様に言われました。無論、昨年どおりに、手工芸の支援の物資を送っていただく、手工芸の購入、被災沿岸部の特に女性が関るノリやわかめの購入、被災地皆さんが作った本の購入のお願いをします。

でも私が一番希望する事はそれではありません。地震と巨大津波の体験から、対策を学んで欲しいという事・・なのです。

 

どこを訪ねても、「この地は海から何キロだろう」、「この場所は川がすぐ側だな」、「ここで直下型の地震が来た時このビルは大丈夫か」、「1週間の食糧、最低の医薬品の備蓄はあるのだろうか」、「1ヶ月の市ガスのストップに耐えられる町だろうか・・」と考えるようになりました。車のガソリンは半分減るとすぐ入れるようになりました。

手工芸に参加した皆様。小学生が参加、パパとおにいちゃんと3人。ママは津波亡くなったそうです。後ろのプレゼントバックの中の化粧品見て「あたしがきっと使える」って、言ってました。

 

私はネットワークの、神戸の正井さんから地震被害について何を準備すべきか、多くを学び準備をしておりました。それはとても役にたちました。でも巨大津波に対しては、宮城県は、官民共にあまりに無防備でした。岩手の沿岸部の学校では、津波対策は伝承されていました。

そのようなわけで、準備すべき事を学んで欲しい、これが一番言いたい事です。

① 大規模災害時の避難所、仮設住宅などの管理において、男女平等の実現になにが必要か、学んで欲しい。実行性のあるマニュアル、実行性のある行動計画を自分の町で作って欲しい。

② 津波対策。津波避難は高さがポイントです。私は助産師なので、母子保健の指導で地震対策講座を行っておりました。その講座資料に、津波対策を書き加えました。

「地震があったら、迷わず高いところへ。津波予報の○メートルなど参考にしない。山・高台、とにかく高いところへまず逃げる!大型のビルなら4階以上へ。車渋滞したら、走る!」です。
最後は自分で自分を守る「逃げる!逃げる!命より大事なものはない」これは、DV・性暴力の予防教育、つまり非暴力の教育と同じでした。

③ 原発の災害から日本のエネルギーは、原子力発電から脱却する方針へ転換する事。
これは福島に学ぶべきです。宮城も原子力発電の地です。福島と同じ状態になる寸前でした。以上の3点です。


2012年5月の南三陸の町 残っている防災センター。

1年2ヶ月、無我夢中で活動しましたが、宮城の女性の活動については、(それでも極一部だけではありますが)、本にまとめることができました。「女たちが動く」です。そこで、自分も宮城の仲間の行った事をじっくり読んでみました。結論、「男女平等の条例をつくり、行政トップが積極的だったところ、官民協同に積極的だった町で、避難所運営は人権的な視点からスムーズに改善が図られた」という事です。あまりに当然な事ですが、「日常からの男女平等、人権の取り組みこそが一番大事だ」という事です。これが、自分の実感から一番言いたいことです。

今日、東京の会議に参加したのは、今日の発表が、国の根幹的な政策に大きく影響し、変化を与えるだろう。その政策提言の講義が、各地、各分野でスタートし、行政で、学校で、企業で、市民の中で、大災害時下においても人権はいかに守られるか学習が進むだろう。きっと良い方向に動くだろう・・と期待し、その発信のライブを体感したかったからです。

いま、ハーティ仙台は、被災地の相談業務、シェルターを含むDV・性暴力被害者の支援、DV(デートDV)性暴力の予防教育の取り組みで精一杯です。沿岸被災地の仮設支援員や管理者教育にも奔走しております。DVと離婚の話しあいの場は、あきらかに参加が増えております。宮城は仮設でDV殺人事件も起きました。悲劇が起きる前に、DVの相談が増える事は、良いことだと思っております。ハーティ仙台は、DV・性暴力の分野で限界です。

しかし、他の女性グループが、就労支援、災害対策における男女平等の実現に、活発に活動しております。地元グループが連携し、宮城の地で「ピンチをチャンスに」を合言葉に、男女平等・人権の推進に、微力ながら進んで行きたいと思います。10月には、「日本女性会議2012仙台(http://joseikaigi2012sendai.jp/)」も開かれます。

この1年、自分の一番の学びは「今夜の平和はだれにも保障できない。今、大災害が起きても悔いなく生きよう」と思うようになった事です。

ハーティ仙台代表 やはた えつこ

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