◇弱者を孤立させず包もう

 1日2万件を超える電話のアクセスがある相談窓口をご存じだろうか。

 東日本大震災をきっかけに「どんな悩みでも一緒に解決を考える」を信条に開設された「よりそいホットライン」にはきょうもあらゆる相談が殺到している。この状況に直面し、私は「日本社会はここまで壊れてしまったのか」と戦慄(せんりつ)すら覚えるようになった。

 09年まで岩手県宮古市長を12年間務めた私は現在、開業医をしている。被災から半年たち、親交のある被災地の首長に「今何が一番必要か」と尋ねたところ、みなさんが「心のケア」と即答された。私もまったく同じ思いだった。

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 無料で気軽にどんなことも相談できる電話窓口がほしい。「国や県」でなく、もっと身近な支援機関を。行政の相談窓口は縦割りであり、「何を相談したいのか」課題がわかっていないと利用しにくい。しかし、被災者は想像もしなかった複数の問題を一度に抱え、まさに「どうしたらいいかわからない」状態である。寄り添って一緒に解決を考えていく相談システムが必要だった。

 そのために発足したのが、一般社団法人、社会的包摂サポートセンターである。社会的包摂とは、社会の仕組みの不都合でさまざまな生活上の困難を抱え生きづらくなってしまう状態(社会的排除)の人たちを、社会の仕組みでしっかりと受け止め、自立できるようにすることを意味する。

 東日本大震災や他の大きな災害を経験した首長らで法人を組織し、昨年10月11日に仙台市内で岩手、宮城、福島の被災3県から無料で電話相談をスタートした。今年3月からは厚生労働省の「社会的包摂ワンストップ相談支援事業」に応募し全国に対象を拡大、35の拠点、総勢1000人を超える相談員に加え弁護士など約300人の専門家による支援体制を整備したのである。

 相談の内容に前提を置かず「再電話を歓迎する」「わからないことはこちらが調べる」という基本姿勢や、相談員が相談者と対等に向き合う姿勢がニーズに合致したせいか、現在は通話がつながりにくいほど多くのアクセスがある。対応できるのは1日平均1200件程度だ。

 社会的排除の果てに孤立に陥るケースが後を絶たない。今日生きていくお金も食べ物もない、助けてくれる人がいない、死ぬしかないというような思い詰めた相談がなんと多いことか。「いますぐ自殺を考えている」というガイダンスを選ぶ相談者が2割近くもいる。家庭や職場等で暴力やいじめにあい、悩んでいる人の相談も途絶えることがない。何十年も日本社会が置き去りにしてきた悲鳴が噴き上がってきていると感じる。

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 寄せられる多くの相談者の悩みの解決、すなわち「もう一度地域で居場所と出番を持つ」ためにどんな方法があるのだろう。相談員は緊急な場合の同行支援や関係機関への連絡等を駆使し、地域の社会資源に相談者をつないでいる。

 しかし、そこからが難しい。支援制度の対象でなかったり、課題が新しいため対応できる支援者がいないなど、現在の社会保障制度の弱点が浮き彫りになってきている。排除から包摂へ向かうためには現在の支援にかかわる人や機関が領域を超えつながることが不可欠だ。

 「よりそいホットライン」は早急に支援制度を見直さなければ人の命が失われてしまう現実を明らかにした。この実践が「一人ひとりを包摂する社会」の着実な推進につながるよう、しっかりと取り組んでいきたい。

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 「これが言いたい」は毎週木曜日に掲載します

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 ■人物略歴

 ◇くまさか・よしひろ
 盛岡大学栄養科学部教授、医療法人理事長。09年まで宮古市長(3期)。医学博士。

「これが言いたい:1日2万件のアクセスが物語る「壊れかけた社会」=社会的包摂サポートセンター代表理事・熊坂義裕」@毎日新聞
2012年07月12日
http://mainichi.jp/opinion/news/20120712ddm004070007000c.html

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