●福島避難母子の会 in 関東 虷澤沙織

3 月の開所以来、毎月開催している福島の人の話を聴くイベント「トークトークふくしま」。福島避難母子の会 in 関東のメンバー約40組。そのほとんどが区域外からの自主避難者のため、トーク内容も自主避難している家族の状況となります。

7 月7 日の第6回は七夕ということで、通常と少し趣を変え、参加者とともに「福島」を一緒に考える会にしようと、少量のお酒を準備しました。おつまみには飯舘村から避難をしても村の味を守ろうと立ち上げた『かーちゃんの力プロジェクト』(http://www.ka-tyan.com/)から大好評の豆みそ、数種のお漬物とキムチ。さらに、宮城県気仙沼市八葉水産の『復興の塩辛』、他の被災地の頑張りはとても励みになります。

子どもたちにも、ガリガリかき氷や切り絵のワークショップなども行いました。(下中菜穂さんとその仲間たちによる協力)普段の事務所があっというまに夏らしく、笹の葉がゆらゆらと揺れる素敵な会場に変身しました。

いつもとは違う賑やかな雰囲気の中、今回の語り手は、伊達市から避難したシングルマザー、菅野久美子さん(33)。今では珍しくないシングルマザーですが、福島からの避難者のなかでは目立つ存在です。シングルマザーの多くは、「一人だから避難できない」「面倒を見てくれる人が周りにいないと…」といい、会社からの理解や、いざという時すぐに子どもの面倒をみてくれる父母の協力を得て暮らしてきました。菅野さんも実家住まいでしたが、3.11 後、環境はがらりと変わりました。

「仕事中の車が横に大きく揺れ、信号が止まり、道路沿いの石塀がもろくも倒壊。あの歪んだ景色を立て直そうとしていると、しばらくして、原発事故。意味が分からなかった。テレビもなく、ラジオは津波被害以外なにも言わない。東京の友人からは『避難するならぜひうちにきて!』と連絡がくる。どういうこと? ここから親子の逃避行は始まったのかもしれない。情報を集める、とにかくあらゆる情報を。伊達市は原発から何キロなの? 放射能ってなんなの? ここにいていいの? わたし、どうするの? 父に告げた、離れることを。インフラがまったく整っていない交通網を巧みに使い、伊達市から福島市、そして郡山市へ。郡山駅の2:46 で止まった時計を見て一呼吸おき、栃木県那須塩原市へ。やっと新幹線に乗り東京へ。東京駅で食べたアイスクリーム、甘くて、冷たくて、おいしかった」。

その後、友人宅を経て、インターネットで見つけた川崎市のお宅に住まわせてもらいながら、今の家に落ち着きました。しかし、家賃を払いながら住み続ける彼女の問題は解決したわけではありません。被災者への多くの支援が昨年度(2012 年3月末日) をもって終了してしまいました。
今後は、一人ひとりの問題に寄り添う支援が必要になってくると思われます。

 

■福島避難母子の会 in 関東

http://hinanboshi.blog.fc2.com/

TEL:080-3140-8176 
E-mail:hinanboshi@yahoo.co.jp

※「かだりば通信 8月」に掲載された記事です。

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