8月13日から2泊3日で東日本大震災女性ネットワークのボランティアに参加した。
同行するメンバーはフェミニスト情報紙編集長の方、中国出身の気功師の方、八王子自治労職員の方、そして大学の同窓生たち、ととても色濃いメンバーだった。

お盆の帰省ラッシュの真っただ中、約10時間をかけてやっとたどり着いた仙台。有名な並木通りはやはり大きく、近くの繁華街は若者で賑わっていた。まだ余震の絶えない被災地のイメージとは程遠く、人々の活気あふれる姿に自然とワクワクしている自分がいた。

8月14日、いよいよボランティアの日。午前中は石巻の被災現場を見て回った。高台に残った唯一の病院。テレビで見た病院だろうか。そのすぐ下の薬局は看板を残して店の跡形もない。まるで海外の戦場のような光景。

泣けてきた・・・すさまじい光景とは対照的な静かな波の音。
ここで命を落とした人々を思うと、「もう行くよー」と言われてもなかなかその場を離れることができなかった。車から見る被災地の光景。日本とは思えないけれど、日本だから海外とは違うよなと思っていた。しかし、アンテナショップで地元の人々が方々からかき集めた生活用品や食材で作ったお惣菜を売って、精いっぱい生きようとしている人々の姿はアジアやアフリカの国々で見た人々の姿と同じだった。

午後は石巻湊小学校で初めての女性サロン開催。お盆中で人影はまばらだったが、女性サロンの開催の噂を聞きつけて10数人の女性が来てくれた。私はメイクを担当したが、暑いこともあり、なかなか希望する人がいなかったのでまずはネイルをやる女性への肩揉みから始めた。

次は手芸をやる高齢女性への肩揉み。みんな本当に真剣に軍手のクマの人形を作っている。できあがったクマの人形で「こんにちは、○△さん」と友人に呼びかける高齢女性。見ず知らずだった女性たちが避難所生活を通して、今では深いところで通じあっているのを感じる。手芸を通して表情が変わってくる女性たちと共に、自分もイキイキしていくのを感じた。

2日目の最終日は被害のひどい気仙沼への大移動。予想以上に時間がかかり物資を置いてくるだけになってしまったが、道中目にした被災の光景は石巻以上にひどかった。ここまでくると田んぼにある不自然な船や車にはあまり驚かなくなっていた。中がすっぽり抜けた建物に囲まれて、唯一プレハブを構え元気に営業する海苔屋の女性たち。「津波のバカ!でも頑張る」という道路に掲げられた横断幕のメッセージが浮かんだ。

このボランティアを通して、自分の目で見なくてはわからない被災の状況、そしてそこで暴力を乗り越え、暮らすたくましい女性たちに出逢うことができた。正直ボランティアのコーディネーションはあまりよいとは言えないけれど、みやぎジョネットそしてハーティ仙台のミッション、東北のひとりひとりの女性のエンパワーメント(女性たちは自分自身を取り戻すこと)が実現し、ひいては世界の女性への暴力防止につながるよう今自分にできることをしていきたい。

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